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男性育休体験談

家事育児で大切にしたいライフキャリア思考とは?きっかけは自身の失敗による失恋と自己内省<男性育休体験談1>

育休中の家族

この記事を読まれている方の中には、育休を検討されている男性の方もいらっしゃるかと思います。

今でこそ、このような記事を書いていますが、20代から30代前半にかけては恥ずかしながら仕事はほどほどに遊び中心の毎日。

そのような人生を送っていたこともあり、子どもを共にした結婚生活に至っては真剣に考えていませんでした。

この記事では、子どもや育児に全く関心のなかった私が、家庭生活に関心を持ち、育休を取得したきっかけについて体験談をお伝えします。

よかったら、どうぞお付き合いください。

家事育児で大切にしたい「ライフキャリア」という考え方

 

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キャリアとは

みなさんは、様々な場面で「キャリア」という言葉を見聞きされたことがあるかと思います。

このキャリアという言葉の定義は結構曖昧で、人によって捉え方が様々かと思いますが、多くの方は職業や仕事、職場を中心とした経歴や実績のことをイメージされているのではないかと推察しています。

ちなみに、厚生労働省のキャリアの定義は以下の通りです。

過去から将来の長期にわたる職務経験やこれに伴う計画的な能力開発の連鎖を指すものです。「職業生涯」や「職務経歴」などと訳されます。

厚生労働省ホームページ

ライフキャリアとは

一方、キャリアの頭にライフを付けた「ライフキャリア」という言葉があります。

ライフキャリアとは、有償の仕事のみならず、家事や育児、趣味や遊び、学び、地域生活やボランティアなど、人生の様々な役割における経験を通してキャリアを形成することです。

キャリアは職場や有償の仕事を軸としているのに対し、ライフキャリアは個人の人生を軸としています。

ここ数年にわたり、働き方改革の一環として、ワーク・ライフ・バランス(仕事と家庭の調和)という言葉を見聞きする機会が増えています。

また、最近では、ワーク・ライフ・インテグレーション(仕事と家庭の統合)という言葉も使われるようになりました。

言葉は違うものの、どちらもライフキャリアの考え方を大切にしています。

ちなみに私は、30代前半まではライフキャリアどころかキャリアという発想がなく、その日が楽しければそれでOKな人間でした(笑)

ライフキャリア重視のきっかけとなった出来事

幼少期の頃の家庭環境

振り返ってみると、私が子どもの頃の1970年代から1980年代は、「男性は仕事、女性は家庭」という考え方が当たり前の時代でした。

当時は、終身雇用を前提とした年功序列型賃金制度が多くの会社で導入されていました。

そのため、多くのご家庭では、主に男性が有償の仕事に専念。家計を支えるため、会社の発展のため、定年まで勤めあげる、いわゆる就社の精神に基づいた働き方が一般的でした。

休日出勤や早出残業は当たり前の環境で、私の家庭においても、父親の勤務日の帰宅時間は深夜になることが多く、父親に遊びに連れて行ってもらったのは、主に日曜日だったのを記憶しています。

一方、女性は結婚や出産を機に退職、子育て時期は専業主婦として家事や育児の仕事に専念、子育てが一段落した時点で、扶養控除の範囲内でパートタイマーとして仕事を行う(いわゆるM字カーブ)パターンが多い傾向にありました。

私の家庭においても、父親が会社員、母親が専業主婦という構造で、家事育児の観点でいうと、今でいうところのワンオペが当たり前のように存在していたと記憶しています。

しかし、バブル経済の崩壊をきっかけに、当時のような勤続年数の長さによる収入安定は望めなくなり、大黒柱である男性一人の収入では家計を支えることが難しい家庭も多い状況になりました。

私の家庭も、父親の収入減の影響で、母親がパートに出るようになり「主婦でも働くんだ」という漠然とした印象を持っていたのを覚えています。

仕事は適当、仕事選びも適当。遊び中心の自由奔放な20代~30代前半

私自身がバブル経済の崩壊を実感したのは1993年。多くの企業が新卒採用を抑制し始めた年です。

当時の私は大学4年生。新卒採用が厳しい状況で周りの友人は焦って就活していたにもかかわらず、私は世の中の動きや就職への関心が薄く、全くと言っていいほど焦りを感じず、友人との遊びやアルバイト三昧の生活を送っていました。

そのため、大学の就職課(キャリアセンター)にも行かず、自己分析も企業研究もろくに行っていませんでした。

周りの友人が内定が出始めた頃、ようやく重い腰を上げて、求人雑誌をパラパラとめくっては、なんとなく良さそうな会社に応募するも、なかなか内定が出ませんでした。

それでも数だけはこなした結果、数社内定を得たのですが、会社選びの基準が分からず、結局インスピレーションで最初の会社を選びました(笑)

そんな場当たり的な職業選択を行っていたこともあり、また、頑固で融通の利かない性格も相まって、30代前半まではインスピレーションで職業を選択。

自分の気に入らないことがあったらすぐに退職&転職を繰り返し、一つの仕事に定着しないキャリア人生を送っていました。

そして気が付けば32歳の時点で転職回数は5回。日本の労働市場においては、限りなくレッドカードに近い状態です。

バブル崩壊後の失われた20年とは言え、この要因を生んだのは、環境面というよりも、むしろ私の人間性に問題があったと確信しています(笑)

仕事と遊びだけの人生に”家庭”が加わるきっかけとなった失恋経験

そんなキャリアとは縁のなかった私が、キャリアに対する考え方をガラリと変えることになった大きな出来事がありました。

それは、失恋です。

31歳の頃、友人との付き合いを重視しすぎたり、同僚の立ち上げの誘いに乗り4社目を安易に退職したりするなどして、当時結婚を前提にお付き合いしていた方をおざなりにしていました。

それが原因で、その彼女から別れの宣告を受け、結婚の機会を失ってしまいました。

いま思えば、振られて当然の付き合い方をしていて、思い出すたびに情けなくなります。

しかし、この失敗経験が今後の人生を考える大きな転機となりました。

今までは「仕事はそこそこに友人と楽しく遊べればそれでいい」だったのが、「友人との付き合いも大切だが、パートナーや家庭を犠牲にしない生活を送りたい」と、考え方が変わったのです。

あの時、彼女が私を振ってくれなければ(当時は毎日のように涙を流し続けるくらいめっちゃショックでしたが)、私はパートナーや家族の大切さに気付かず、結婚に至らなかったり、結婚できたとしても家庭生活が上手くいかなかったりしていたかもしれません。

そのような気付きを与えてくれた彼女には今でも感謝しています。

私のライフキャリア重視の考え方に至った転機は、失恋により大切な人を失い、その原因を生んでしまった歪んだ自分の考えを修正しようとしたことがきっかけとなりました。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
後半に続きます。

 

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